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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)101号 判決

東京都江東区亀戸6丁目31番1号

原告

セイコー電子工業株式会社

代表者代表取締役

伊藤潔

訴訟代理人弁理士

林敬之助

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

関根恒也

今野朗

及川泰嘉

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第16450号事件について、平成6年3月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年11月20日、名称を「長尺読取り装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭59-245601号)が、平成5年6月15日に拒絶査定を受けたので、同年8月18日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第16450号事件として審理したうえ、平成6年3月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月19日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とが、同一単結晶基板上に形成されて光信号読取り回路が構成され、

前記駆動回路は、前記フォトトランジスタを順次切り替えるMOSトランジスタからなるスイッチと、前記スイッチを駆動するMOSトランジスタからなるシフトレジスタとを少なくとも含む回路であり、

前記フォトトランジスタのコレクタは高い一定電位に接続され、前記フォトトランジスタのエミッタは前記MOSトランジスタからなるスイッチのソースもしくはドレインのいずれか一つの電極に接続され、前記MOSトランジスタからなるスイッチのもう一方の電極は共通線に接続され、

前記MOSトランジスタからなるスイッチのゲート電極は前記MOSトランジスタからなるシフトレジスタに接続されていることを特徴とする密着読取可能な長尺読取り装置。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭51-145289号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づき当業者が容易に発明しえたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例の記載事項の認定及び本願発明と引用例発明との一致点の認定は、後記取消事由1記載の点を除き、認める。本願発明と引用例発明との相違点(1)~(3)の認定は認め、その判断はいずれも争う。

審決は、引用例発明を誤認したため本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点(1)~(3)の判断を誤り(取消事由2~4)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(引用例発明の誤認による本願発明と引用例発明との一致点の認定の誤り)

審決は、引用例について、「フォトトランジスタはベースが開放されているから2端子素子であること及びフォトトランジスタの構成、動作からみて、フォトダイオードに替えてフォトトランジスタを用いた場合コレクタがアース(高電位側)に接続されエミッタがMOSトランジスタの他方の電極に接続されるようになることは明らかである。」(審決書4頁4~10行)と認定し、本願発明と引用例発明について、「両者は複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とが、同一単結晶基板上に形成されて光信号読取り回路が構成され」(同4頁12~15行)、「前記フォトトランジスタのコレクタは高い一定電位に接続され、前記フォトトランジスタのエミッタは前記MOSトランジスタからなるスイッチのソースもしくはドレインのいずれか一方の電極に接続され、前記MOSトランジスタからなるスイッチのもう一方の電極は共通線に接続され」(同4頁18行~5頁4行)ている点で一致すると認定しているが、以下に述べるとおり、いずれも誤りである。

審決は、引用例の「上記の実施例では感光素子としてホトダイオードを用いたが、ホトトランジスタ等を用いた場合にも全く同様な効果が期待されることはいうまでもない。」(甲第3号証5頁右上欄5~8行)との記載から、上記認定をしたものと推測されるが、この記載は、2端子素子であるフォトダイオードと、特開昭55-15229号公報(甲第4号証)にも記載されているように3端子素子としても使用されるフォトトランジスタとの機能の差についての十分な検討もなく、フォトダイオードに替えてフォトトランジスタを用いることができると述べたにすぎず、審決が断定する上記認定事項が開示されているということはできない。

したがって、引用例発明に関する審決の上記認定は、根拠がなく誤りである。

さらに、引用例には、複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とが同一単結晶基板上に形成されていることや、MOSトランジスタのスイッチとバイポーラ型フォトトランジスタとの接続関係については、一切記載されていないから、一致点に関する審決の上記認定も誤りである。

2  取消事由2(相違点(1)の判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点(1)について、「このようなノイズを気にしなければ後者(注、引用例発明)においても雑音検出部を除き得ることは容易に理解し得るところである。よって、後者において雑音検出部を除くことによって前者(注、本願発明)のごとくなすことは当業者が必要に応じて容易に想到し得たことと認められる。」(審決書6頁10~16行)と判断しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

本願発明は、原稿に直接当てて読み取る密着可能な長尺読取り装置であって、光電変換部(画素)は原稿と1対1に対応した大きさに形成され、その画素は一般の光像検出装置より大きく、フォトトランジスタを使用すると、応答速度は遅くなるものの、画素が大きいため、光信号の出力がその分増幅されてS/N比が大きくなり、雑音検出部が無くても有効に動作するとの知見を得て発明されたものである。

これに対して、引用例発明は、密着読取可能な長尺読取り装置のような特殊な用途、条件、単結晶基板の接続などを前提とするものでなく、受光部が1つの単結晶基板により形成された一般の半導体光像検出装置を前提として、雑音の完全除去を技術課題とするものである。その具体的な実施例として、受光素子にフォトダイオードを使用し、雑音検出回路を備えた回路を1つの単結晶基板に作り込んだ半導体光像検出装置であり、これは雑音検出部を必須とするものであり、これと矛盾するような雑音検出部を除くという技術思想を読み取ることはありえない。

したがって、審決の上記判断は誤りである。

3  取消事由3(相違点(2)の判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点(2)について、「後者においてMOSトランジスタからなるスイッチを駆動する回路として桁送り計数器に替えてMOSトランジスタからなるシフトレジスタを採用することに格別の創意工夫を必要としないから、後者においてMOSトランジスタからなるスイッチを駆動する回路としてMOSトランジスタからなるシフトレジスタを採用して前者のごとくなすことは当業者が容易に想到し得たことと認められる。」(審決書6頁20行~7頁8行)と判断しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

本願発明は、フォトトランジスタとMOSトランジスタからなるシフトレジスタとの組み合わせが、ノイズ成分中のMOSトランジスタからのスイッチングノイズ分を相対的に小さくさせる効果があり、密着読取可能な長尺読取り装置において好適であるとの知見を得て、MOSトランジスタからなるシフトレジスタを採用したものである。

これに対して、引用例に記載の桁送り計数器は、具体的に何を指すのか記載がなく、バイポーラ型なのかMOS型なのかさえわからない。また、フォトトランジスタについての記載はあるものの、桁送り計数器との関連についての検討がなされた形跡はない。したがって、引用例においては、フォトトランジスタとMOSトランジスタからなるシフトレジスタとの適合性について考慮されているわけでもないから、桁送り計数器から直ちに本願発明のシフトレジスタに置換できるとは考えられない。

したがって、審決の上記判断は誤りである。

4  取消事由4(相違点(3)の判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点(3)について、「密着読取可能な長尺読取装置は周知であり、十分に大きな単結晶基板があれば後者においても当該単結晶基板を用いて密着読取可能な長尺読取装置を作ることに格別の創意工夫を必要としない。よって、後者において単結晶基板として十分大きな単結晶基板を採用して密着読取り可能な長尺読取装置をつくって前者のごとくなすことは当業者が容易に想到し得たことと認められる。」(審決書7頁9~17行)と判断しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

本願発明は、フォトトランジスタとMOSトランジスタからなるスイッチとシフトレジスタとを用いた駆動回路からなる具体的回路を同一基板上に形成したものを基本要素として、これを複数個配列したチップを複数個配列して長尺化したものであり、その結果、チップの切り出し余裕が取れ、チップを横方向に複数直接接続して読取り装置の長尺化が容易に可能となるため、必ずしも十分大きな単結晶基板を必要としないものである。

これに対して、引用例発明には、チップを複数個配列して長尺化を達成する技術思想はない。

一般に、長尺読取り装置のセンサの長さは、A4サイズ用であっても、21cm程度の読取り幅を必要とする。当時普通に使用されていた単結晶ウエハでは、このような長いセンサを多数個製造できるだけの径を持つものはなかった。そこで、単結晶基板を複数個接続して原稿幅と同一の読取り幅を実現しているのである。

例えば、本願出願前発行の「テレビジョン学会技術報告」ED681に掲載された「高速高密度密着センサー」(甲第5号証)には、「密着センサーとは、読取幅を原稿幅と同一寸法にし、原稿にほぼ密着して読取るイメージ・センサーのことであり、・・・原稿像を1対1結像させている。」(同号証49頁左欄9~13行)、「従来より用いられているCCD等のICセンサーにおいても、マルチ・チップ化することにより原稿幅と同一寸法の読取幅が得られ、密着センサーへの応用が可能である。」(同49頁左欄末行~右欄4行)と記載されている。このように、単結晶基板を用いたチップの大きさには限界があり、とても1個では所望の読取り幅を実現できず、密着センサーはマルチ・チップ化により実現可能とされ、長尺読取り装置の受光部がチップで構成されている場合は、複数個のチップからなっているものを意味するのが技術上の常識であった。

したがって、引用例発明のような1つの単結晶基板のものから本願発明の「密着読取り可能な長尺読取り装置」を作ることは容易ではないから、審決の上記判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

引用例(甲第3号証)に、原告が指摘する「上記の実施例では感光素子としてホトダイオードを用いたが、ホトトランジスタ等を用いた場合にも全く同様な効果が期待されることはいうまでもない。」(同号証5頁右上欄5~8行)との記載があるところ、一般に、フォトトランジスタは受光部のベースは開放されており、エミッタとコレクタにのみ電極が設けられていることは周知であるから、2端子素子であることは明らかである。そして、この周知のフォトトランジスタは、コレクタ接合がフォトダイオードになり、この接合を逆バイアスして使用するものであるから、本願発明の実施例におけるNPN型のフォトトランジスタにおいては、そのコレクタがアース(高電位側)に接続され、エミッタがMOSトランジスタの他方の電極に接続されるようになることは、引用例に直接には記載されていないものの、実質的に開示されているに等しいものである。

また、引用例(甲第3号証)に記載された半導体光像検出装置は、「多数個の光検出手段とこれらをサンプル作動によって走査する電気的走査回路を単一の半導体基板内に集積化してなる」(同号証1頁左下欄20行~右下欄2行)ものであり、「第2図において、破線内は単一の半導体基板内に作り込まれており、破線上の丸印は外部入出力端子であ」(同3頁右上欄2~4行)り、「第3図に示すパターンを持つ光像検出装置は第1図において説明した従来の技術の光像検出装置を作るのに必要なMOS技術を利用して、1個のシリコンチップ上に製作でき」(同5頁左上欄1~4行)るものである。

そして、前記のとおり、「上記の実施例では感光素子としてホトダイオードを用いたが、ホトトランジスタ等を用いた場合にも全く同様な効果が期待されることはいうまでもない」ことが記載されているから、上記の光検出手段を周知のバイポーラ型フォトトランジスタに置換できることは明らかであり、しかも上記の電気的走査回路が駆動回路に相当するものであることも明らかであるから、引用例には、複数個のフォトトランジスタと駆動回路とを同一単結晶基板上に形成することが実質的に示されているということができる。

さらに、前記のフォトトランジスタの接続関係からみて、審決の一致点の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

引用例発明は、確かに、雑音検出部の改良にかかる発明であるが、一般論としては、審決のいうように、ノイズを気にしなければ、すなわち、ノイズが気にならない程度に小さければ雑音検出部を除きうることは、当業者であれば容易に理解しうることである。

また、本願発明において、フォトトランジスタを用いたために、結果的に感度が大きくとれ、ノイズの影響を小さくできるという効果があるとしても、一般にフォトトランジスタはS/N比が大きく、ノイズが小さいことは周知の事項にすぎず、予測できる範囲内のものであって、格別なものとはいえない。

フォトダイオードをフォトトランジスタに置換した場合に、フォトダイオードの場合と同様の雑音除去の効果が期待されることはいうまでもないが、どの程度の雑音であれば除去するのかは雑音が気になるか否かによって決定する程度の問題であって、S/N比が大きく、ノイズが小さいフォトトランジスタを用いることにより、雑音が気にならない程度に小さくなるのであれば、あえて雑音検出部を設けるまでもないことは明らかである。したがって、その場合に、雑音検出部を除きうることは当業者であれば容易になしうることにすぎない。

3  取消事由3について

引用例発明においては、「走査パルス発生装置である桁送り計数器5はダイナミックなものであり、公知の装置である」(甲第3号証3頁右上欄4~6行)が、走査パルスが順次走査パルス印加ラインに印加されることにより、スイッチングを順次導通状態にするものであるから、これは本願発明の、スイッチを順次ONさせるためのシフトレジスタと同等の機能を奏することは明らかである。

また、原告は、本願発明においてMOSトランジスタからなるシフトレジスタを採用した理由を述べているが、本願明細書には、原告主張のような知見を得たことは勿論のこと、このような組み合わせが雑音検出部を不要とすることに寄与するという効果については何らの記載も見当たらないし、たとえその記載があるとしても、容易に予測できる範囲の効果にすぎない。

4  取消事由4について

原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。

すなわち、本願発明の特許請求の範囲には、「複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とが、同一単結晶基板上に形成されて光信号読取り回路が構成され、・・・ていることを特徴とする密着読取可能な長尺読取り装置」と記載されているものの、複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とを同一単結晶基板上に形成したチップを複数個配列して長尺化することについては何も記載されていないから、この単結晶基板には、このような複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とを同一単結晶基板上に形成したチップを複数個配列して長尺化したものばかりでなく、密着読取可能な長尺読取り装置を作ることができる十分に大きな単結晶基板をも包含していることは明らかである。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例発明の誤認による本願発明と引用例発明との一致点の認定の誤り)について

引用例に、審決認定のとおり、「直列接続された信号検出用のフォトダイオードと信号検出用のMOSトランジスタを複数組並列に接続し、信号検出用のフォトダイオードのカソード側をアース(高電位側)に接続し、信号検出用のMOSトランジスタの一方の電極を第1の出力線に接続した信号検出部と直列接続された雑音検出用のフォトダイオードと雑音検出用のMOSトランジスタを複数組並列接続し、雑音検出用のフォトダイオードのカソード側をアース(高電位側)に接続し、雑音検出用のMOSトランジスタの一方の電極を第2の出力線に接続した雑音検出部とMOSトランジスタを順次駆動する桁送り計数器とを1つの半導体チップ上に形成した半導体光像検出装置」(審決書3頁8行~4頁1行)が記載されており、また、「上記の実施例では感光素子としてホトダイオードを用いたが、ホトトランジスタ等を用いた場合にも全く同様な効果が期待されることはいうまでもない。」(甲第3号証5頁右上欄5~8行)との記載があることは、当事者間に争いがない。

そして、フォトダイオードがカソードとアノードとからなる2端子素子であることは当事者間に争いがなく、引用例発明のフォトダイオードがカソードを正電位側に、アノードを負電位側に接続して、逆方向にバイアスして用いられていることは、上記引用例の記載から明らかである。一方、フォトトランジスタは、原告主張のように3端子素子として使用される場合があるとしても、一般に、受光部のベースを開放し、エミッタとコレクタにのみ電極を設けた2端子素子として用いられ、コレクタ接合を逆バイアスして使用するものであるから、トランジスタとして周知のNPNトランジスタを用いた場合には、コレクタが正電位側に、エミッタが負電位側に接続されることになり、この場合、コレクタがフォトダイオードのカソードに、エミッタがフォトダイオードのアノードに相当することは明らかである。したがって、このNPNトランジスタをフォトトランジスタとして引用例発明のフォトダイオードに換えて用いた場合には、フォトトランジスタのコレクタがアース(高電位側)に接続され、エミッタが信号検出用のMOSトランジスタの他の電極(低電位側)に接続されることは、当業者にとって自明のことと認められる。

審決が、引用例の記載事項の認定(審決書3頁6行~4頁4行)に続いて、「なお、フォトトランジスタはベースが開放されているから2端子素子であること及びフォトトランジスタの構成、動作からみて、フォトダイオードに替えてフォトトランジスタを用いた場合コレクタがアース(高電位側)に接続されエミッタがMOSトランジスタの他方の電極に接続されるようになることは明らかである。」(同4頁4~10行)と述べたのは、上記のことを説明したものであることが明白であり、これを争う原告の主張は採用できない。

また、引用例発明の半導体光像検出装置は、引用例(甲第3号証)の記載によれば、「多数個の光検出手段とこれらをサンプル作動によって走査する電気的走査回路を単一の半導体基板内に集積化してなる」(同号証1頁左下欄末行~右下欄2行)ものであり、「第2図において、破線内は単一の半導体基板内に作り込まれており、破線上の丸印は外部入出力端子であ」(同3頁右上欄2~4行)り、「第3図に示すパターンを持つ光像検出装置は第1図において説明した従来の技術の光像検出装置を作るのに必要なMOS技術を利用して、1個のシリコンチップ上に製作でき」(同5頁左上欄1~4行)るものであると認められる。

そして、前記のとおり、「上記の実施例では感光素子としてホトダイオードを用いたが、ホトトランジスタ等を用いた場合にも全く同様な効果が期待されることはいうまでもない」と記載されているから、上記の光検出手段を周知のバイポーラ型フォトトランジスタに置換できることは自明の設計事項であることは明らかであり、しかも上記の電気的走査回路が本願発明の駆動回路に相当するものであることも明らかであるから、引用例には、複数個のフォトトランジスタと駆動回路とを同一単結晶基板上に形成することが実質的に示されているということができる。

したがって、審決に引用例発明の誤認はなく、本願発明と引用例発明との一致点の認定に誤りはない。

取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点(1)の判断の誤り)について

引用例(甲第3号証)は、引用例発明が「多数個の光検出手段とこれらをサンプル作動によって走査する電気的走査回路を単一の半導体基板内に集積化してなる低雑音化された半導体光像検出装置に関するものである」(同号証1頁左下欄末行~右下欄3行)ことを明らかにし、このような半導体光像検出装置についての問題点を、「現在主に検討されている半導体光像検出装置はホトダイオードを感光素子とし、これにスイッチング素子としてMOS電界効果トランジスタ・・・を接続した光検知器を集積化してなるものである。かかる光像検出装置の実用化にあたっては読出出力からの雑音成分の除去ということが非常に大きな問題となっている。」(同1頁右下欄4~10行)と指摘し、雑音成分には代表的なものとして2つあり、その1つであるスパイクノイズの消去については、引用例の図面第1図に示す従来装置がその解決手段を提示しているが、なお雑音面での不都合があったこと(同1頁右下欄11行~2頁右下欄末行)を述べたうえ、引用例発明は、「上述の諸点に鑑みて種々の雑音成分をほぼ完全に消去するべくなされたもので」(同3頁左上欄1~2行)、引用例の特許請求の範囲に記載された構成を採用したことが記載されている。

この記載と引用例の図面第1、第2図によれば、引用例発明の出願当時すでに、感光素子として複数個のフォトダイオードと駆動回路とより構成される光信号読取り回路であって、その駆動回路が、上記フォトダイオードを順次切り替えるMOSトランジスタからなるスイッチと、このスイッチを駆動する回路とを少なくとも含むものである光像検出装置が存在したことが認められ、引用例発明は、この半導体光像検出装置における雑音成分の除去のために、審決認定の雑音検出部に係る構成を付加したものと認められる。そうすると、当業者であれば、引用例発明から雑音検出部を除いた半導体光像検出装置を把握できることは明らかである。すなわち、雑音検出部は信号検出部を前提に付加され、信号検出部と区別されて把握できるものであるから、引用例発明から雑音検出部を除いて考えることは、当業者であれば、当然に可能であると認められる。

また、本願発明において、原告主張のとおり、フォトトランジスタを用いたために、結果的に感度が大きくとれ、ノイズの影響を小さくできるという効果があるとしても、前示のとおり、引用例発明におけるフォトダイオードを本願発明における周知のバイポーラ型フォトトランジスタに置換できることは自明の設計事項であるというべきであるから、本願発明の上記効果は、予測できる範囲内のものであって、格別なものということはできない。

以上によれば、引用例発明における雑音検出部を除いて、本願発明の構成に想到することは、当業者であれば容易になしうることというべきである。

したがって、審決が相違点(1)について、「当業者が必要に応じて容易に想到し得たことと認められる」(審決書6頁14~16行)と判断したことは正当である。

取消事由2も理由がない。

3  取消事由3(相違点(2)の判断の誤り)について

本願発明の「MOSトランジスタからなるスイッチを駆動するMOSトランジスタからなるシフトレジスタ」が、同スイッチS1、S2・・・を順次導通状態にするためのものであることは、本願明細書の記載(甲第2号証の1、明細書11頁3行~12頁12行)から明らかである。

一方、引用例(甲第3号証)の「走査パルス発生装置である桁送り計数器5はダイナミックなものであり、公知の装置である。」(同号証3頁右上欄4~6行)、「桁送り計数器5を動作させ、まず第1の走査パルス印加ラインSP1に負の電圧パルスを印加すると、信号検出用スイッチングMOST(注、MOS電界効果トランジスタ) M1・・・が導通状態となる。」(同3頁左下欄20行~右下欄4行)、「次に走査パルスが走査パルス印加ラインSP2に移るとスイッチングMOST M2・・・が導通状態となり」(同4頁左上欄3~5行)との記載によれば、引用例発明の桁送り計数器は、走査パルスを走査パルス印加ラインに印加することにより、スイッチングMOSトランジスタを順次導通状態にするものであると認められ、その機能は、スイッチングMOSトランジスタを順次導通状態にする点において、本願発明の「MOSトランジスタからなるスイッチを駆動するMOSトランジスタからなるシフトレジスタ」と異ならない。

そして、一般に、MOSトランジスタからなるシフトレジスタは、読取装置において、MOSトランジスタからなるスイッチを駆動する回路として周知のものであることは当事者間に争いがないから、引用例発明の桁送り計数器に替えて、この周知のMOSトランジスタからなるシフトレジスタを採用し、本願発明のMOSトランジスタからなるシフトレジスタの構成とすることは、当業者が容易に想到できることと認められる。

したがって、審決の判断に誤りはなく、取消事由3も理由がない。

4  取消事由4(相違点(3)の判断の誤り)について

原告は、単結晶基板を用いたチップの大きさには限界があり、とても1個では所望の読取り幅を実現できず、長尺読取り装置の受光部がチップで構成されている場合は、複数個のチップからなっているものを意味するのが技術上の常識であるから、本願発明は、フォトトランジスタとMOSトランジスタからなるスイッチとシフトレジスタとを用いた駆動回路からなる具体的回路を同一基板上に形成したものを基本要素として、これを複数個配列したチップを複数個配列して長尺化したものであり、引用例発明のような1つの単結晶基板のものから、本願発明の「密着読取可能な長尺読取り装置」を作ることは容易ではない旨主張する。

しかし、本願発明の特許請求の範囲には、「複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とが、同一単結晶基板上に形成されて光信号読取り回路が構成され、・・・ていることを特徴とする密着読取可能な長尺読取り装置」と記載されているものの、複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とを同一単結晶基板上に形成したチップを複数個配列して長尺化することについては何ら記載されていない。また、どの程度の長さを長尺というのかが明らかでなく、単結晶基板の大きさによっては長尺といえる読取り部を構成することができるから、本願発明は、このような複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とを同一単結晶基板上に形成したチップを複数個配列して長尺化したものばかりでなく、密着読取可能な長尺読取り装置を作ることができるのに十分な大きさの単結晶基板上に複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とを形成したものをも包含していると解さなければならない。

そうすると、原告の上記主張は、本願発明の要旨に基づかない主張であって失当であり、この主張を前提として、審決の相違点(3)の判断を論難する原告主張は採用できない。

のみならず、本願出願前発行の「テレビジョン学会技術報告」ED681に掲載された「高速高密度密着センサー」(甲第5号証)にも記載されているとおり、密着センサーがマルチ・チップ化により実現可能とされ、長尺読取り装置の受光部がチップで構成されている場合は、複数個のチップからなっていることが、本願出願前、技術常識であったことは、原告も自認するところであるから、この技術常識に基づけば、仮に本願発明の構成を原告の上記主張のとおりに解したとしても、本願発明の構成に想到することは技術常識の適用として、当業者に容易であることは明らかである。

したがって、いずれにしても、取消事由4は理由がないものといわなければならない。

5  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成5年審判第16450号

審決

東京都江東区亀戸6丁目31番1号

請求人 セイコー電子工業株式会社

千葉県松戸市千駄堀1493-7 林特許事務所

代理人弁理士 林敬之助

昭和59年 特許願 第245601号「長尺読取り装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年 6月11日出願公開、特開昭61-124171)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和59年11月20日の出願であって、その発明の要旨は、平成5年9月17日付の手続補正書等により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された下記のとおりのものと認められる。

「複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とが、同一単結晶基板上に形成されて光信号読取り回路が構成され、

前記前記駆動回路は、前記フォトトランジスタを順次切り替えるMOSトランジスタからなるスイッチと、前記スイッチを駆動するMOSトランジスタからなるシフトレジスタとを少なくとも含む回路であり、

前記フォトトランジスタのコレクタは高い一定電位に接続され、前記フォトトランジスタのエミッタは前記MOSトランジスタからなるスイッチのソースもしくはドレインのいずれか一つの電極に接続され、前記MOSトランジスタからなるスイッチのもう一方の電極は共通線に接続され、

前記MOSトランジスタからなるスイッチのゲート電極は前記MOSトランジスタからなるシフトレジスタに接続されていることを特徴とする密着読取可能な長尺読取り装置。」

これに対して、原査定の拒絶理由において引用された特開昭51-145289号公報(以下、引用例という。)には、直列接続された信号検出用のフォトダイオードと信号検出用のMOSトランジスタを複数組並列に接続し、信号検出用のフォトダイオードのカソード側をアース(高電位側)に接続し、信号検出用のMOSトランジスタの一方の電極を第1の出力線に接続した信号検出部と直列接続された雑音検出用のフォトダイオードと雑音検出用のMOSトランジスタを複数組並列接続し、雑音検出用のフォトダイオードのカソード側をアース(高電位側)に接続し、雑音検出用のMOSトランジスタの一方の電極を第2の出力線に接続した雑音検出部とMOSトランジスタを順次駆動する桁送り計数器とを1つの半導体チップ上に形成した半導体光像検出装置が記載されており、また、フォトダイオードに替えてフォトトランジスタを用いてもよいことが記載されている。なお、フォトトランシスタはベースが開放されているから2端子素子であること及びフォトトランシスタの構成、動作からみて、フォトダイオードに替えてフォトトランジスタを用いた場合コレクタがアース(高電位側)に接続されエミッタがMOSトランシスタの他方の電極に接続されるようになることは明らかである。

本願発明(前者)と上記引用例記載のもの(後者)とを対比すると、両者は複数個のバイポーラ型フォトトランジスタと駆動回路とが、同一単結晶基板上に形成されて光信号読取り回路が構成され、前記駆動回路は、前記フォトトランジスタを順次切り替えるMOSトランジスタからなるスイッチと、前記スイッチを駆動する回路とを少なくとも含む回路であり、前記フォトトランジスタのコレクタは高い一定電位に接続され、前記フォトトランジスタのエミッタは前記MOSトランジスタからなるスイッチのソースもしくはドレインのいずれか一方の電極に接続され、前記MOSトランジスタからなるスイッチのもう一方の電極は共通線に接続され、前記MOSトランジスタからなるスイッチのゲートは前記スイッチを駆動する回路に接続されていることを特徴とする読取装置の点で一致し、下記の点で相違するものと認められる。

(1)、後者には、前者にない雑音検出部がある点。

(2)、MOSトランジスタからなるスイッチを駆動する回路が、前者はMOSトランジスタからなるシフトレシスタであるのに対して、後者は桁送り計数器である点。

(3)、前者の読取装置は密着読取可能な長尺読取装置であるのに対して、後者の読取装置は密着読取可能な長尺読取装置か否か不明である点。

上記相違点について検討する。

相違点(1)について、後者における雑音検出部はMOSトランジスタをスイッチさせるためにゲートに印加する信号読出し用電圧パルスがゲート・ドレイン間容量、ゲート・ソース間容量を介して出力線に漏れることに起因するスパイクノイズ及び桁送り計数器に印加されるクロックパルスの加わるラインと出力線間容量等に起因するスパイクノイズを除去するためのものであり、これらノイズは前者においても発生するものであることは明らかであるが、前者ではこのような雑音検出部を別途設けることはしていない。このようなノイズを気にしなければ後者においても雑音検出部を除き得ることは容易に理解し得るところである。よって、後者において雑音検出部を除くことによって前者のごとくなすことは当業者が必要に応じて容易に想到し得たことと認められる。

相違点(2)について、読取装置においてMOSトランシスタからなるスイッチを駆動する回路としてMOSトランジスタからなるシフトレジスタは周知であり、後者においてMOSトランジスタからなるスイッチを駆動する回路として桁送り計数器に替えてMOSトランジスタからなるシフトレジスタを採用することに格別の創意工夫を必要としないから、後者においてMOSトランジスタからなるスイッチを駆動する回路としてMOSトランジスタからなるシフトレジスタを採用して前者のごとくなすことは当業者が容易に想到し得たことと認められる。

相違点(3)について、密着読取可能な長尺読取装置は周知であり、十分に大きな単結晶基板があれば後者においても当該単結晶基板を用いて密着読取可能な長尺読取装置をつくることに格別の創意工夫を必要としない。よって、後者において単結晶基板として十分大きな単結晶基板を採用して密着読取り可能な長尺読取装置をつくって前者のごとくなすことは当業者が容易に想到し得たことと認められる。

したがって、本願発明は、上記引用例記載のものに基づき当業者が容易に発明し得たものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年3月17日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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